證誠神社

證誠神社(しょうせいじんじゃ) 神戸市須磨区権現町1-3-2

永延元年(987)九月第六十代一条天皇の御代、須磨の浦の真南に当たる紀州熊野の大神を勧請し、妙法寺川沿岸の大手・東須磨・板宿・野田・駒ヶ林の
五ヶ村の氏神として創祀される。
寿永元年(1182)須磨の地に御遷都せられ、徳川の代に須磨聖霊大権現と称せられた。
明治初年證誠神社と改め、明治十四年郷社(須磨区内唯一の神社)となり、須磨地域一円の守護神としてその御神徳を崇敬せられ現在に至る。
当神社の祭日には必ず少し雨が降るため、「しょぼしょぼ権現降る長田、生田祭りは降らぬ事無し」
と今もなお言いならわされている。
神戸市内屈指の古社である。

鳥居

拝殿

本殿 祭神:五十猛命

蛭子命 大己貴命 事代主命 素盞鳴尊

大国主命
末廣稲荷

三社神社

三社神社(さんじゃじんじゃ 大阪市港区磯路2-18-23
三社神社は元禄11年11月伊勢桑名の人市岡与左衛門宗榮が当時海浜の現氏子地域開拓にあたり工事の安全と成就を祈りこの地に勧請したもので、同13年完成とともに市岡神田十の割(弁天町五丁目三番地)に神域を劃し社殿を建立。永久にこの地住民の守護神として奉斎した。市岡新田は寛延三年大阪市南区炭屋町大阪十人両替商の一人辰巳屋和田久衛門の所有に移ったので祭事は和田家に引継がれ明治に至った。神社制度の確立とともに明治五年村社に列し、境内地二〇七坪余は和田家の寄付により神社の所有に帰した。
拝殿
本殿 祭神:天照皇大神・豊受大神・住吉大神・熱田大神・斎主大神・秋葉大神
大海神社
柿本神社
稲荷神社

逢坂の関

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ausakayama
近江名所図会 逢坂山  一名手向山
手向といひて往古、旅行く人かならず山の嶺にて絹あるいはいろいろの紙をぬさとして、四方へちらし道祖伸へ手向しなり。
その手向はこの山にかぎるにはあらねども、都より出でて、まづさしかかる嶺なれば必ずこの所にて手向せいゆゑに手向山の名もあり。
ゆゑに嶺を今タフゲといふは、すなはちたむけの転語なり<契沖説>。
『後撰集』 恋四 名にしおはばあふ坂山のさねかづら人にしられでくるよしもがな  あふさか山の歌、数多かれども略す
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車石(くるまいし)

大津と京都を結ぶ東海道は、米をはじめ多くの物資を運ぶ道として利用されてきました。
江戸時代中期の安永八年(1778)には牛車だけでも年間15894輌の通行がありました。この区間は、大津側に逢坂峠、京都側に日ノ岡峠があり、通行の難所でした。
京都の心学者脇坂義堂は、文化二年(1805)に一万両の工費で、大津八町筋から京都三条大橋にかけての約12kmの間に牛車専用通路として、車の轍(わだち)を刻んだ花崗岩の切石を敷き並べ牛車の通行に役立てました。これを「車石」と呼んでいます。
大津市・藤尾学区自治連合会   平成七年(1995)二月